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国際大山空手道連盟 WORLD OYAMA KARATE ORGANIZATION

2018年春季講習審査会

2018講習会、審査会

 

2月21日水曜日
寒さが厳しい東京から昨日{20日}の夕方帰って来た。 時差ボケの頭、なんだかボウ~としているが、こちらの生活にはやく戻さないといけないので気合いを入れ て、朝の散歩。 冬の乾いた外気、肌を切るような厳しい寒さを予想していたのだが、今朝は身体を暖かく包み込んでくれる ような優しさが感じられた。
アラバマは春の気候になっていた。
・・・と言う訳で久しぶりにエッセイを書いた。 今回の日本の旅、2018年早春の講習会、審査の話である。

 

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2月13日火曜日
出発、早朝起床4時半、愛犬のハナが一緒に起きだす。 外はまだ星明りである。昨晩は早めに寝たので身体の調子は悪くない。 コーヒーを飲みながら支度を終える。カール先生が予定通リ迎えに来る。 直井先生とまったく気合が違う。 フライトは順調で成田に予定より25分早く、日本時間2月14日午後3時半に到着。 アトランタのツトム師範から直井先生に出迎え、必ず30分前にロビーにいることと指示があったようで ある。
直井先生、前に一度遅れたので今回は間違いがないと期待してロビーに出る。 期待は見事裏切られた。マタマタ、やってくれた直井先生。 閑散としたロビー直井先生のあの逞しい長方形のキンニクマンの顔が見あたらない。 「ウソ~、またかよ」もしかして日にちを間違えたか、いろいろと想像が頭の中を走り出す。暫らくそれで も気持ちを抑えて待つことにする。
3分、5分、7分、10分来ない、いない、この野郎~で、ある。 日本円がない。自分のスマホを取り出す。日本でも使えるかどうかわからない。 郷田師範と同じでスマホの知識は自慢じゃないがまったくない。 使ってみるも音が出てこない。そこで、気が付いた。ドルが幾らかある。 ロビーの両替所を見つける。ちょうど隣に公衆電話機が並んでいた。 グレーの色、グリーン電話機が並んでいる。

 

最初のグレーの電話機、直井先生の番号を回すが、「プー、プー」と話中の音。 郷田師範の電話に掛けるも、話中の音「オッ、もしかして二人で話し合っているのかも知れない」いや、ま ってヨ、おかしい。
電話機を変える。同じように話中。 両替所のオジサンに「この公衆電話日本国内につながるんですか?」バカみたいな質問、まったくアラバマ の田舎もん、汗が流れる。 おじさん、不思議そうな顔色を見せたが出てきて私と一緒に電話を掛けてくれる。 「アッ、話中ですね、電話機を変えてみたらどうです」グリーンの電話機に変える。 「オッ、通じた。郷田師範、直井いないよ!」 「エッ、またかよ~、今朝直井君と話をして時間通リ迎えに行くと言っていたよ」 「郷田師範、直井に電話してくれる」
「分かった。いまするから2分後に掛けなおして」 「オス」その時である。むこうの方のロビーに直井の顔が出てきた。 「郷田師範、見つかったよ!いたいた!」と言う訳で今年も直井相変わらずである。 直井の顔をジーっと睨むが、いつものように細い眼をショボシボさせて「オス、オス、オス」繰り返し、言 われると怒れなくなる。
なんとかそれでも無事ホテルに着く。夜はいつも通リ竹寿司で食事。
部屋に帰り TV を見ていたら、そのまま寝て仕舞った。
漫画家のリョウとマサ師範に起こされる。

 

15日木曜日
朝日出版社に出向く。郷田兄と一緒。いろいろと出版の話をする。
あとは神楽坂の料亭で原社長と食事。出るもの出るもの全てが最高に旨いのである。
なんの酒だか分からないが、ス~と入る。腹も膨らみ、気分も麗らかになる。
自然、後はホテルに帰ってベットに潜り込みたい心境である。
ところが銀座に出てクラブ活動、孫みたいな女性とバカな冗談を言い合う。
“押忍“の二文字である。
16日金曜日
イサミの社長とそのスタッフがインタビューにくる。 SFの斉藤師範が駆けつけてくれたが、アトランタのツトム師範は無視である。
私の撮った映画“Take a chance“話をイサミの雑誌に載せたいとの事。 千葉さんの息子、真剣佑が日本の芸能界で有名になってるらしい。 どうして真剣佑を見つけたか、と聞いてきた。 最初は映画の話に話題が咲いたが、途中から雑誌編集者らしき人、映画のエピソードより、昔の極真会の話 を聞きたがっていた。 2代目イサミの社長むかしむかし、わたしのところで約6カ月内弟子生活をしたことを話したら周りの連 中驚いていた。
それにしても2代目社長、会えば必ず道着の値段を上げてくれと、いつも泣いてくる。

 

17日土曜日
昼は私の甥っ子{ハワイに住んでいる長男博の息子}大山務と会う。
彼はプロのゴルファーである。甥っ子と言っても今年還暦である。
昼食を一緒にしながら、家族の近況を話し合う。
夕方、ミュージシャンの金尾義郎さんと再会。 金尾さんはアトランタのツトム師範、SF の斉藤師範の友人との事である。 昨年の2月渋谷で私の映画の試写会に来てくれた、その縁で顔見知りになった。 私が書いた詩に曲を付けてくれることになった。その打合わせである。

 

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この詩“MY FRIEND”は先に逝ってしまった力男のことを思って書いた。

 

#1
Hey、Hey my friend. How are you? アラバマは夏になったヨ
朝の白い光の中 マグノイヤの花が咲き ツバメが舞う 覚えているか?
溢れるほどの夢を語り 熱くなって追いかけた
掴んで 驕って 挫けて 倒れ
泣いて笑って飲んだ あのやけ酒 お前の手を握って立ち上がった あの日 今も俺の胸の中に生きている 嬉しかったヨ 忘れるな! Life is beautiful
Whenever you can run, you better run.
Whenever you can fly, spread your wings and fly
I know the sun will rise for you tomorrow.
Take care my friend.

 

I’m going to see you soon

 

#2
Hey, hey my friend. I thought of you today.
Deep South は秋になるヨ
朝の陽を浴びて 黄ばんだ楓の葉が 風に揺られて踊てる 覚えているか?
教室で 街中{なか}で恋をして 燃えて追いかけた俺達 のぼせて 唄って 踊って 振られ
飲んでも 飲んでも 酔えなかった にがい酒 お前の肩をかりて歩いた あの日 今も俺の胸の中に生きている 楽しかったヨ
忘れるな! Life is precious
Whenever you can run, you better run.
Whenever you can fly, spread your wings and fly.
I know the sun will rise for you tomorrow…
Take care my friend.
I’m going to see you soon

 

my friend・・・・。

 

この詩に金尾さんがメロデーをつけてくれた。フォークソングの感じである。
ツトム、タケシ、マサ三人の師範と私も感心して聞いていた。 マサとタケシ両君は音楽のセンスが有るのか、無いのか分からない。 二人の顔をじっと、見つめると、答えは簡単に出てくる。しかしその答えは書かない。 その点、ツトム君は昔ギターをもって内弟子にきた大物である。 音楽のセンスは抜群である。カラテのセンスではない。音楽のセンスである。
彼が最初に NY についた時、亡くなった兄貴が出迎えた。 兄貴が驚いて「オイ、凄いのが内弟子にきたぞ、ギターをもって赤い靴を履いている・・・」と空港から私 に電話をしてきた。ほんとの話である。

 

ツトム君の歌を聞いたことがある。なかなか上手かった。
タケシとマサ両君の唄は聞いたことがない、聞きたいとは、まず思わない。
何となく私と同じように音痴なのではと想像している。
しかし、恐くて確かめたことはない。
金尾さんは井上陽水、海援隊、長渕剛等を輩出した福岡のライブハウス「照和」の出身で 1977 年ヤマハポ ピュラーソングコンテスト全日本大会出場、1979 年第 1 回 CBS ソニーオーディションで最優秀アーティス トに選ばれエピックソニーからデビューした。 その後、柳場敏郎のソロデビューシングル「君の名は」で作詞、作曲部門でシルバーディスク受賞等の経歴 があり、現在ライブを中心に活動し、毎週金曜日かわさき FM「金尾よしろうの音楽魂」にレギュラー出演中 である。(放送当日に YOUTUBE にアップされどこからでも視聴可能)この番組では何度か TAKE A CHANCE の ことを取り上げてもらってたようである。チャンスがあったら皆も視聴したらいい。 ワイワイ、がやがや楽しく飲んで食事をした。

 

18日講習会、審査である。
何時もの様に石川先生時間ピッタリにドアをノックする。
なぜか直井の顔が浮かんだ。
今回の講習会のテーマは組手である。
相手と向かい合う、プレッシャーがかかる。 身体が普段と違って硬く感じる。そんな場面を数えきれないぐらい見てきた。 そういう場面を想定して、いかに自分の拍子、テンポで相手と戦うか・・・である。 硬くなると知らず知らずのうちに利き腕や利き足の技に直ぐ走りがちである。 構えた前の拳{必ずと言う訳ではない}足の運びでまず、自分の拍子、間合い角度をつかむ。ここで大切な ことは構えた前の拳にウエイトを乗せすぎないこと、上体が流れないように、あくまでも相手の動き、気合 いを窺う事である。

 

自分の動き、出す技に、小さく短く気合{声}を出す。 声を出さないと気が硬くなることが多いのである。 先の呼吸から攻める時も、また後の呼吸から崩して攻める場合も同じように考える。 また基本の技の二面性{表裏}説明する。 限られた時間内、みんながどれだけ理解してくれたか疑問であるが、多くの門下生が眼を輝かして汗を流し ていた。 審査では受けた人みんな頑張ったが、中には教典の理解力がまだ足りない上級者がいた。それに2~3の支 部長も教典の理解力が足らないことであった。 6月の支部長合宿で徹底的にそのこと稽古しなければいけないと思った。 ワールド大山空手の特徴を深く身に付けさせないといけないと真剣に思った。 昼の12時半から夜の7時ごろまでみんな頑張った。 ホテルに帰ってきて何処も出たくなくなった。疲れたが充実した一日であった。

 

19日月曜日
郷田師範夫妻、郷田兄の友人南原さん、それに松井館長{極真会館}と食事。
名前も場所も忘れたが、確か東京の下町の焼き鳥屋で、とてもおいしかった。
とちゅう相撲取りが入って来た。松井館長の知り合いらしく館長に頭を下げていた。
南原さんと一気飲み、さすが相撲取り、私が水を飲むより速かった。
それも私の倍の倍もある大きなグラスである。

 

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20日火曜日
朝マサ師範と話をし、その後郷田師範と泣きの別れ、お互いに健康第一と話し合う。
再会を約して帰途に就く。
健康第一 オス

コメント (0) | 2018/03/10

日本のウエップサイト現在改良中

新しいウエップサイトでは、カラテ物語 武蔵{タケゾウの冒険}汗馬の嘶き ワンダフルカラテ第28話、エッセイ・チャンピオン稽古日誌、…など豊富な内容をそろえています。・・・

コメント (0) | 2017/06/15

GET OUT ハリウッド映画奮戦記

冬とは思えない暖かい日が続く。いつもの散歩道、毎年おなじ場所にタンポポの花が群がって咲いている。地に必死にしがみついているようにして花を咲かせている。
鮮明な黄色の花、豪華と言えないが、清々しく力強く見える。
春を告げる花、気持ちが和む。
2月25日、いま全米でナンバーワンの映画はGET OUT というホラー{HORROR}映画である。

 

 

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映画 GET OUTのウエップサイト WWW.GETOUTFILM.COM

 

2週間トップの座を占めている。
またまた映画の話でチョット恐縮だが、私が経験した、ホントの話なので門下生と読者の人に紹介したい。

 

息子ザックはアラバマ大学を卒業すると何の迷いもなくLA,ハリウッドに移っていった。私も家人も寂しかったが息子の希望は脚本家になる事であった。
コメディーを制作するプロダクションに就職が決まり何とか自活できるようなる。
その会社で俳優のジョーダン・ピール{JORDAN PEELE}と知り合った。
ジョーダンはそのころすでに有名人でありTVや映画で活躍していた。
息子はその会社に3~4年いた様である。そのあと今の会社カレジ・ヒーマ{COLLEGE・HUMER}という会社に移った。You tube 寸劇のコメディーを流している会社で、結構若い人に人気がある。現在は脚本と役者もかねてその会社で働いている。
息子が会社を移ったがジョーダンとの友達付き合いは続いていたようである。
ジョーダンの本職は役者だったように私は理解していた。
断っておく、私は、あまりハリウッドの事は分からない。
彼の映画もTV番組も殆どがコメディ―であった。その彼が約6~7年かかって脚本を書いた。これは後で、ニュースで知ったのである。
彼の書いた本がUNIVERSAL映画会社ともう一つ{名前を忘れた}のプロダクションで取り上げられた。その映画がホラー{HORROR}で、題名がGET OUT である。
その中に日本人の実業家、Mr田中という役があった。
今回のエッセイはその役を私に持ってきた話である。

 

余談だが、どこの家庭でも家を巣立っていた子供達から親に電話が入るのは、経済的に子供たちが困った様な時が多いようである。
あれは2年まえの3月ごろ、突然息子ザックから電話が入る。
もちろん私にではなく、家人に、である。
ジョーダンが書いた脚本が今度映画化されることになった。
彼が監督をすることになりその映画の中に私を使いたいと息子に頼んできたのである。
息子は私がカラテ家であることを何かの時にジョーダンにすでに話してある。
家人が笑いながら「ザックがジョーダンのホラー{HORROR}映画にあなたを出演してもらいたいそうです、どうしますか?」
私が「はっ、ホラー映画ですか?身体を八つ裂きにされる役ですか?・・・まさか、メガネをかけカメラを首からぶら下げて歩いている通行人じゃないでしょね?」と聞く。「いやなんか台詞もあるらしいの」
「エッ、台詞、英語ですか?」
「当たり前でしょ、あんたの映画ではないんだからハリウッドの映画ですよ!」
「それは駄目です、カラテの物語での英語だったら何とかなるが、普通の物語では上手くいかないと思います」
「貴方、息子の頼みですよ、断る訳にはいきません」
最初からもう二人で決めてしまっていたのである。それで何時ですか?
撮影の場所がアラバマでも高級な避暑地FAIRHOPEという所であったであった。
私が「貴女も一緒に行ってくれるんですか?いろいろな書類にサインしないといけないようですし。私の英語では間違ってどっかの国に売り飛ばされるかも知れませんよ~」「ホッホホ、貴方、歳を考えなさい70をとっくに過ぎているヨボヨボのオジーさんなど誰も欲しがる人はいません、ご心配なく。でも場所はいいところですから私も一緒に行きます」・・よく考えてみると、私が汗して働いている間に、家人はそこでゆっくりと本でも読みたかったようである。結局二人でかけることになった。
撮影の始まる前日に現地に入ってくれと言ってきた。
ホテルは高級で部屋もビーチフロントであった。
事務手続きをする。いろいろと書類が出てくる。家人が読む。
そっと囁く「貴方、ウン千ドルの出演料が出ますよ、エージェントは誰かと言っていますが、私がエージェントになります」もちろん私は逆らうつもりはない。
返事はただ「ハイ」である。
「エージェントのパーセンテージは普通10パーセントですが、私の場合は100パーセントにしました」
「はっ~、あの~ですね~、働くのは私ではないんですか?」
「いいから黙って頑張りなさい」・・・・沈黙である。
衣装部屋も大きくてデザイナーらしき女性が3人私を鏡の前に立たし、アレ着ろ、これ着ろ、この靴、あの靴・・・」である。スケールが違う。
次の朝ホテルに迎えの車、撮影所に入る。なんと私だけのトレイラー{個室}が用意されていた。主役の人と同じようにキッチン、TV、冷蔵庫、トイレ付きである。
家人がはしゃいで、喜んだ。
チョイ役の人達は合同部屋である。私はチョイ役も、本当のチョイ役である。
それが主役の人の隣のトレイラー{個室}である。家人が満面に笑顔をたたえていた。
撮影が始まる前に、脚本、監督のジョーダンが秘書と付け人を連れて私の部屋に挨拶に来た。こっちは恐縮してしまった。ちょうどジョーダンの誕生日であった。
赤いJUSTSWEATのスウェットシャツとパーフェクト空手の本を贈る。
なんと監督のジョーダンその赤いスウェットシャツを着て撮影に入った。

 

 

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大山空手のスェットシャツを着た監督、SWの字が見える。

 

現場には200人位の人が忙しく動いていた。
私の役はパーティーでワインを飲みながらウロチョロ、ウロチュロしてればいい役である。オッ、本当にワイン飲めるのか、と期待したが色のついた水である。
私の傍にワイングラスだけを持ってくれる付き人がついた。
それだけでなく、寒かったのでコートとそれを持つ、付き人も用意してくれた。
撮影の時はコートを脱ぐ、直ぐに付き人がそのコートを持ってくれる。
私が右に動くと二人とも右に動く、左に動くと二人とも左に動く。
縦横の型を指導してやろうかと思ってしまった。

 

なんども言うが、私の役はチョイ役である。当然待たされる。
それも長い、ナガ~イ時間である。
驚いたことには、自分の出番を待つ間の場所もチョイ役の人達と、名の売れた俳優達では違う部屋であった。
私はチョイ役であるが主役の人達と同じ部屋であった。もちろん家人も一緒である。我々の部屋には常にお菓子と、ケーキ、果物が盛られた大きな皿があちこちのテーブルに用意されてある。3~4人の給仕する人が忙しく動いていた。
うるさい位コーヒーはいかがとか、ケーキはいかがとか聞いてくる。

 

「ハイ、ミスター大山出番です」と声がかる。
ヨシこれで終わりか、と期待していると、又待たされる。初日でまったく参った。
ホテルに帰りビールと本当のワインを飲んで落ち着いたところで家人にそっと切り出す。「あの~、ですね~、もしかして私の役どなたかに譲れないんでしょうか?」
家人の眼が、キラッと光る。マズイ。我慢―すべきだった。
もう~遅い。ガンガンバンバンとお説教である。もう~やけ酒である。
二日目もおなじように待たされる。ちょっと違うのは他の役者の人達と話す機会が多かったことである。みんな自分の経歴というか、これからの出演予定だとか、エージェントは有能か、そのエージェントどんな役者を、何人位持っているのか?パーセントはいくらか?今度新しくウェブサイトを変えたとかであった。
私はそんなこと全く知らない。沈黙である。
黙ってた私に質問が集中してきた。
監督がなぜ貴方を特別に扱うのか?あなたのエージェントはきっと実力のある人なんだろう・・・次の映画。TV,劇場の予定は何か・・・。
そこで私は話始める。私のエージェントはワイフです。
パーセントはワイフが100パーセントです。これは法に触れるかもしれませんが、私は組合には訴えません。なぜならばワイフが怖いからです。
次の予定はありません。この映画が私の最初で最後の出演です。もうこりごりです。
・・・というと、一同唖然としてポカーンと私を見つめる。

 

息子と家人に絶対に私が監督した名作、そうです世界が待っている、TAKE A CHANCEその映画のことは絶対に口にだしてはいけない、と命じられているので必死に耐えた。
ホント、なんども口に出かかったが、我慢した。頭がホント痛くなった。
とにかく逆らって、この歳で愛犬のハナと一緒に犬小屋で暮らす羽目にならないように、オスの二文字で我慢した。3日目契約の予定では今日が私の最後の日であった。
マネージャーの人が、朝部屋をノックする。
「ハイ~、なんですか?」「あの~ですね、もう一日延ばすことができませんか?」
家人が「ふ~ン、貴方」
私「駄目です、絶対にダメです」気合を入れて立ち上がる。
家人もその気合いを感じたのか分かってくれた。
最後の私の台詞、時間して2~3秒ぐらいである。三回とり直しをした。
私の出番が終わったとき、思わず万歳である。よく頑張ったと、自分に拍手である。
勿論拍手は私だけである。監督と固い握手をして帰る。
車の中で歌が出た。とにかくわずか三日間であったが長かった。

 

その、私が苦労した映画がなんとこの2週間全米でトップを走っているのである。
ホラー映画は全く見ない。しかし家人のたっての希望で出かける。
封切りの日、2月24日金曜日の午後2時家人と二人で観に行った。
家人がふざけて、貴方サングラス、帽子ちょっとしたカモフラージュしていきましょうとなった。ホラー映画は興味がなかったが、この映画はなかなか渋かった。
映画の中に確りしたメッセージがありテンポが良かった。
人種差別{RACIST}それも日常の生活の中で時々見られる、差別意識である。
サラッと嫌味なく表現している。感心させられた。
観た後、家人が「この映画は当たる」といった私も同感であった。
次の日土曜日、そして日曜日2週続けて全米でトップである。

 

月曜日の朝、近くの銀行に行くと、銀行員達が、私に注目した。
皆で私の顔をみながら、こそこそ話をしている。そ
のうち、その中から誰かが「Mrオオヤマ、映画素晴らしかった。貴方があの映画に出ていて驚いた。貴方が俳優と知らなかった」である。
それから私の事を、銀行内でワッショイ、ワッショイしてくれた。
おまけに映画の切符を持ってきて、サインをねだる。
それから我が家にあちこちから電話が入る。
ある映画館では私が出た瞬間誰かが拍手したようである。
きっと私の門下生かもしれない。
息子ザックもLAで見て「お父さん、悪くなかったよ」と言ってきた。
ジョーダンが息子に、「君の親父は自然体でセンスがいい」と言ってきたらしい。

 

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左から俳優のKEY、カラテ家、息子ザック、ジョーダンJORDAN

 

そのあと、息子も家人も娘もみんなで「お父さん悪い夢は見ないように、みんな誤解しているんだから・・・」である。まぁ~、「言わせてやる」
俺は監督だ!チョイ役はもうこりごりだ!今に見てろ、もう少しで次の本が書きあがる。前回のエッセイ、試写会でも書いたが、テーマがないと駄目である。
物語の中に人間の成長がないと、どんな有名な俳優を使っても駄作である。
カラテの映画でも、喜劇でもホラー映画でも我々平凡な人間の日常の生活につながる様な話がなくては人々は共感はしてくれない。
涙と笑い、悲しみと喜び、挫折と奮起、喜劇と悲劇、勝利と敗北、不幸と幸福、・・・ラーメンと餃子、寿司と日本酒、・・・なんか話がおかしくなってきた。
この辺で止めよう。

 

要するに私が言いたいことは、映画を観終わった後、なにか元気になる様な、もしくは毎日の生活で何か忘れてしまったのではないか、その何かを感じさせるモナがないと私は面白くないのではないかと思う。
いま本を書いている。もう直ぐ第一校が出来上がる。
カラテの物語である。何時もの様に門下生宝くじを買うように。
冗談である。でも半分は本音である。
歳に関係なく夢は見るものである。見たらドンドン追い駆ける。
走れるときに走る。飛べるときに飛べ。

 

健康第一 オス

コメント (2) | 2017/03/05

TAKE A CHANCE 試写会

2月に入った。寒い日が続く。
それでも陽射しの中に柔らかい暖かさが感じられる。もう直ぐ春である。
東京で映画の試写会が2月7~8日に開催される。
2月5日の出発、早朝4時半起床5時に先生カールが迎えに来る。
空はまだ深夜である。真っ暗の空に星が煌々と光っている。
フライトは順調であった。アタランタの乗り継ぎもスムーズに、6日の午後成田に到着。直井先生に迎えてもらう。ホテルで郷田師範と合流。
今回の試写会をコーデネイトしてくれる関係者がポスター、チラシ、案内状をもってホテルまで出向いてくれた。自己紹介をしながら名刺を交換する。
郷田師範もすぐ名刺を出す。ここで最初の失敗である。
私は、なんと名刺を持ってくることを忘れてしまったのである。
すぐ直井に「オイ、名刺を渡しなさい」。直井、もぞもぞとポケットを探る。
表情がだんだんと泣きの顔色になる。「アッ、スミマセン忘れてしまいました」。
すかさず、郷田師範が呆れた顔つきで「これは~、駄目だ、名刺もないんじゃ、映画売れないよ~、」相変わらず郷田兄、辛辣な言葉をポンポン出す。
私も直井も沈黙である。寝る前にマサ師範が来る。近況を話しあう。
消灯は夜の11時、マサに揉んでもらったので身体がほぐれた感じがする。
うまく寝られそうだ。・・・だがやっぱり夜中に目を覚ましてしまった。

 

もう7日の朝かと思って外を見ると手の届くところに星が光っていた。
ベットの横の時計は午前1時であった。本を読む。ウトウトしてくる。
オッ、眠れそうだ、眼を閉じる。閉じた瞼の裏で、今日の試写会の事、どんな人が来てくれるのか? 果たして音響効果は大丈夫なのか? 今ごろ我が家では犬のハナはどうしているのか? 家人が散歩に連れて行ってくれてるのか、…なんか知らないが腹が減った。
直井が買ってきたきつねうどんでも食べるか、ちょっと喉も乾いた、ビールでも飲むか、・・・と色々と雑念が頭の中で踊りだす。
いろいろ悩んだあげく、決断をする。ヨシ、ビールを飲んで、うどんを食べよう・・・と起きる。そーだ、ビールの飲む前に風呂に入ろう。
湯上りの後のビールは味も格別だ。と言う訳で起きだす。
ビールもきつねうどんも美味かった。眠気は全然ない。TVをつける。
時間はどんどん過ぎる。窓の外、星空が消えて、段々と明るさを増してくる。体がだるく感じる。ヨシ眠れそうだ、時間は朝の6時、TVを消す。
カーテンを閉める。ベットに入って本を開く、なんだか、ウトウトしてくる。
う~ん、いい感じ、あ~、眠れる。朝寝、なんとなく贅沢に感じるが、時差だから仕方がない。郷田師範がくる9時半前まで寝られそうだ。
読んでる本の活字がモヤモヤと霞んでくる。あ~、いい感じだ。
休める。ところが、現実はいつも厳しいのである。
「ドンドン、♫♪!」なんだ、なんだ!誰かがドアをノックしている。
イヤ、ドアを殴っている。頭がボ~ットしている。
ねむけ眼で開けると、ニコニコ顔のテル先生が立っている。
清々しい顔つきで「最高師範お早うございます、ボディーガード、テルです」。
「う~ん」と唸ったが、わざわざは名古屋から駆けつけてきてくれたので何とか私も、引き攣った笑顔を返す。

 

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コメント (1) | 2017/02/26

新年の挨拶2017年

 

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Happy New Year The Oyama Family

 

今年も健康で、ぶじ新年を迎えることができた。幸運であり、感謝である。
正月の朝は小雨が降っていた。
うすい灰色の雨雲を見ながらチョット迷ったがやっぱり散歩に出る。
人間の生活の中で、暦、節目、季節は・・・時として惰性に流されてしまう生活の中に、新鮮さ、けじめ、新たな出発、決意を考えさせてくれる。
とくに新年は希望や目的、目標を心新たに掲げやすくなる。
もっとも途中で、掲げた目標が不思議とどこかに消えてしまう事が多いようだが。
・・・小雨の中を歩きながら、ふっとそんなことが頭に浮かんだ。

 

昨年の暮れ、ロンドンの国際映画祭から、私の映画”Take A Chance”が入選したと、メールが飛び込んできた。私もプロデユーサーのスカットも驚いた。
世界の大きなメジャーの映画祭に出展したが殆どがカットであった。
調べれば調べるほど、世界の映画祭はお金がモノを言う社会であった。
製作費だけでもヒーヒー言っているのに、映画祭のための運動資金なんてあるわけがない。 それがなんとロンドンからの入選の知らせである。
メールを何回も読む。間違いないか!・・ホントか!・・・本当であった。
もっとも入選しただけで、何かの賞をとった訳ではない。
それでも世界の映画界で誰かが私の撮った映画を認めてくれた訳である。 続きを読む

コメント (0) | 2017/01/09

第27話 道場破り

雨がここ5週間以上も降らない。空気が乾燥している。
庭の芝もすっかり色が変わってしまった。
いつもの散歩道、きままな風が渡ってくると枯葉が音を立てて舞い落ちる。
細い梢の先に広がる青空が澄んでいる。見入っていると吸い込まれそうな感じがする。
秋の空はことのほか清々しい。
そこでワンダフル空手第27話である。

 

アラバマで最初の壁にぶつかったのが時間のことと、食事の事である。
来て直ぐに稽古時間を増やしたが、夜だけの稽古時間である。時間が余り過ぎた。
一番困ったのは週末である。金曜日から日曜日、三日間なにもない。
車はない、言葉は殆ど通じない。勿論お金もない。ないないの世界である。
あるのは健康な身体だけである。
そんな私をロンがいつも心配と言うか気を使ってくれた。
殆ど毎週末ロン夫婦はパーティーに行く、そこで私も連れて行かされた。
何のパーティーか勿論私には分からない。どのパーティーも出席者は殆ど夫婦連れであった。
独身のブロンドで青い眼の、モデルのような女性はいないのである。
中年と言うか、中にはオバサンと呼べるような歳の人が多かった。
とにかく何らかのパーティーが殆ど毎週末にあった。その度に呼ばれるのである。
下宿先で天井を見つめているよりましである。
そう思って出かけるのだがこれがまた、気疲れがあって大変であった。
パーティーで色々な人に紹介してもらう。ロン以外はみんなカラテ経験者ゼロである。
紹介されて、その人と会話になる。いろいろと聞いてくる。
相手の話は何となくではあるが、分かる。
だが、私が何とか単語を並べて、身体のジェスチャーを交えて返事をする。
だが相手は分かったような、分からなかったような顔つきをして「Nice to meet You 」と言って微笑を残し去ってしまう。勿論、私も微笑を返す。
とにかく微笑を絶やさないことにした。
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コメント (2) | 2016/11/16

第26話 いよいよ組手

毎日素晴らしい天気が続く。早朝はピリリと締まるような冷気が身体を包む。
10月が終わろうとしているのに、日中はまだ残暑の余韻を感じる。
散歩の小道が枯葉に覆われてしまった。
枯葉を踏みつけながら、サクサク、カシャカシャと音を立てながらステラとハナと歩く。雑木林の中に朝陽が斜めに射し込んでくる。
長かった夏がどこかにさって秋が深まりつつある。
アラバマの秋は春と同じように短い。
私が44年前はじめてここアラバマに来たのも10月であった。
バーミンガハムの街も変わった。良いのか悪いのか私にはわからない。
でもカラテに対する情熱はむしろ昔より深くなっているように思う。
私は本当にカラテに出会えて幸福である。
そこでワンダフル空手第26話である。

 

バーミンガハムに着いて4~5日する頃から街の雰囲気にも慣れてきたように思う。
日が過ぎるうちに、身体の調子は徐々にではあるが良くなってきた。
あの頃の日課は先ず自分のコンデションを戻すことに集中した。
まず朝のランニングから始まり、身体をほぐしてから、ここアラバマの黒帯や茶帯をイメージして前に出る組手、受ける組手のコンビネーションを流す。
裏庭の隅にある松の木に古いブランケットを巻き付けてサンドバッグ代わりにした。
松の木の周りを動きながら拍子を変えて、蹴って突いた。
ある朝、家主のオバサンが二階の窓からそれを見て拍手をしてきた。
家主はMRSマケイローというチョット太り気味な55~6歳ぐらいの婦人である。
勿論「お歳は幾つですか?」など聞けない。MRSマケイローさんが、拍手の後「そんなに強くパンチやキックしたら松の木が倒れてしまうかも?」こんな感じで声をかけてきた。
マジかと思ったが、次に彼女がJoke{冗談}と言ってきた。
あの頃アメリカ人の冗談に、ついていけず戸惑ったことが多かった。
庭の隅の松の木は大人が3人位両手を広げて囲むぐらいの大木である。
千回万回突いて蹴ってもビクともしない太さであった。
でも故総裁だったら「君~やれば出来るのよ、そんな木一発で倒してしまいなさい。極真カラテ・・・」なんって言ったかもしれない。
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コメント (0) | 2016/11/06

第25話 Boilerルーム道場

9月が終わろうとしている。それでも、バーミンガムは残暑が続く。
朝の散歩いつもの小道、ところどころに枯葉が目立つ。
雑木林の中も半分ぐらいは枯葉で覆われ始めている。
セミの鳴き声が消えて、かわりに虫の鳴き声が聞こえる。初秋である。
私は歩き始めて5~6分で汗が噴き出る。
昨晩稽古の後飲んだビールの美味かったこと、汗の中にその香りが感じられる。
ときどき林の中を通る風が汗を拭ってくれる。
夏の暑熱を含んだ風は重く、身体にまとわり付くようで涼しさを感じないが、今朝の風は、サラサラと軽やかに涼しく、身体の汗を拭いてくれるようである。気持ちがいい。
朝夕は涼しくなったが、例年残暑は10月まで続く。
と言う訳で汗を流しながら書いた、ワンダフル空手第25話である。

 

 

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コメント (2) | 2016/09/30

2016年 夏の思い出 ツバメ

ツバメを見た。あの日は私の大会{5月7日}前の朝の散歩のときであった。
ちょうど大会の手伝いにサンフラシスコから斉藤が来ていた。
マサも来ていたが、たぶん朝食の用意をしていたか、それとも寝坊!?していたか忘れてしまった。
ステラとハナを連れて散歩に出ると言ったら、斉藤が押しかけてきた。
散歩のコースいろいろあるのだが、その日はサンフォード大学の横レイクショーの小道を選んだ。片側にいくらか広い小川があり、その小川に沿って小道が約5マイルほど続いている。いつも私は約2マイルほど歩く。
初夏の涼しいか風が身体を拭って通りすぎる。
心も身体もリフレシュにさせてくれる。気持ちがいい。
歩きながら、斉藤となにを話したか忘れたが途中の陸橋にかかったとき、頭の上を“サッ”と何かがかすめて飛んで行った。
ツバメだった。「アッ、ツバメだ」と思わず声に出た。
斉藤も「オッ、ツバメです」と答えた。
そのあと、二人で顔をみ合わせた。なんとなく感動した。
立ち止まって飛び交うツバメを見ていると、せっせと巣を作っていた。
よく見ると4~5羽のツバメが休む暇もなく忙しく飛んでいた。
アラバマにきて40年以上になるのにツバメに気がつかなかった。

 

 

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コメント (0) | 2016/08/27

第24話 深南部アラバマ

いよいよ深南部アラバマに出発
アラバマは猛暑が続く。家から一歩外に出ると、熱気が身体にまとわりつく。
暑さだけでなく湿気が強いせいか空気が重く感じる。
朝の散歩、ステラもハナも歩き始めて10分ぐらいで、息が上がってしまうようだ。
別にステラとハナが私に話かけるのではなく、口を開けハーハーと息が荒くなり、歩くテンポが落ちてくるからである。ときどき恨めしそうに私を見る。
そこで私が目線に力を込めて、息が上がってからが本当の稽古がはじめんだ!気合を入れろ!・・・俺も頑張る、と言う。ホントである。
残暑の厳しい中、朝の散歩私も気合を入れないと何かと理由を付けてサボってしまう。
しかし正直に言って、ステラとハナの気持ちがよくわかる。
と言う訳で、暫くご無沙汰したワンダフル空手第24話である。

 

NYで約2週間ぐらい兄貴の世話になった。勉強になった。
兄貴の道場で見たダイナミックな指導、稽古の内容、黒帯、茶帯などアドバンスの門下生のレベルの高さに驚いた。刺激が強すぎるぐらいに感じた。
東京の極真会総本部の道場が世界で一番レベルが高いと自負していたので、自尊心が傷ついた。その自信と言うか傲慢な気持ちが兄貴の指導、稽古中見えた門下生の高度な技や動き、レベルの高さに圧倒されてしまい、揺らいでしまった。
気持ちを締め、初心に帰って気合を入れなければいけないと本当に心から思った。
私は気合の塊となった。眼が三角四角になり肩が張り胸を突きだし兄貴の顔をみて「必ず極真カラテを深南部に発展させる」と啖呵を切った。
そんな気負い過ぎている私を兄貴は笑いながら、とにかく体に気を付けて頑張れと空港まで送ってくれた。

 

 

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写真:ホント若かった

 

 

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コメント (0) | 2016/08/21

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