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国際大山空手道連盟 WORLD OYAMA KARATE ORGANIZATION

2015年支部長合宿、プロレスラー発見。

 

 

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6月9日早朝3時10分に起床。
早朝と言うより真夜中と言った方が当たっているようだ。
昨晩家人に「静かに忍者のように出発をしなさい。私を起さない様に、分かりましたね」もちろん返事は「オス」である。
小型のスーツケースも、着替えも全部準備は出来ている。
もちろん忍びの術はトウの昔にマスターしている。
先生カールが時間通リ迎えにくる。
二人して無言の内に星空を仰いで「うーん」と呟き、その後自然と笑みが漏れた。
空港までの道程、車一台とも擦れ違わなかった。新記録である。
アトランタまでは予定通りであった。とこらがアトランタからLAまでの便が遅れた。LAでの乗り継ぎ時間は1時間しかない。既に40分遅れていた。アトランタのツトム師範に電話を入れる。「オイ、起きろ!朝だよ、分かるか?便が遅れているんだぁ、日本の直井先生に電話して、もしかしたLAでの便に乗り遅れてしまうかも・・・」
「オス、なにが遅れるんですか?」
「オイ、寝ぼけているんじゃないよ、朝だ、朝だよ!」
「オス、おはようございます」
「バカ」思わず怒鳴ってしまった。
周りは殆どアメリカ人、そこで日本語で怒鳴っている私を不思議そうな顔で見ている。
ちょっと想像してもらいたい。赤面の至りである。
LAに予定より遅れること40分、順序としてファーストクラスから降りる。
当然である。イライラするが仕方がない。前にも言った様に私はエコノミーである。
後20分しかない成田行きのゲイトがどこか・・・近いことを祈った。
やっと外に出られる。LAも大きな空港である。
後7分、外に出てスケジュール表を見る。成田、成田・・NARITA、あった。
Bゲイト97番。Bゲイトどこだぁ!デルタの係員を掴まえて聞く。なんと隣であった。
アナウンスの声が「ミスター大山、ミスター大山、ゲイト97まで至急来られたし」
私が手をあげる。その人も手をあげる。思わず二人で感激の握手を交わす。
間に合ったのである。汗が出た。座席についてシートベルトを締めて、ツトム君に電話を入れる。「オイ、間に合ったよ」「良かったです。お疲れさまでした」
と言う訳で、私の旅は何故かいつも劇的である。

 

成田ではいつものように直井先生、郷田師範が迎えてくれた。
ホテルでシャワーを取り、食事に行く。
郷田師範が帰った後、マサ先生と漫画家のリョウ君が部屋にくる。
話が弾んだあとマサに何時ものようにマサージをしてくれると言う。
もちろん断る訳がない。リョウも仕方なくマサージをしますと言う。
ところが旅の疲れか、途中で寝てしまった。
・・・夢の中で誰かが私の身体をくすぐっている様な感じがして眼を覚ます。
頭を回して見上げると、オッカナイ顔が二つ目の前に現れる。
思わず、基本その6の最初の動き、後ろの敵に掛け足立ちからの鉄槌を出す。
さすがマサ、ビシと簡単に受けられて仕舞った。
「オス、最高師範。マサです」
「ウン、何だぁ、マサなにやってるんだ、何時アラバマに来たんだぁ?」
「はぁ~、オス最高師範ここは東京です・・・夢を見ていたんですか?」
「なに~、おう~、そう~か。支部長合宿なんだ~」
二人とも私を「・・大丈夫かな~」と、心配してる顔付で見守っていた。
アトランタからLAまで焦った旅なので、ちょっと頭がコンガラッテしまったようだ。

 

6月11日
朝かと思ったらまだ夜中の2時であった。
直井が持ってきてくれたキツネうどんをつくる。
インスタントでもやはり流石日本のものは上手い。
なんとなくビールが飲みたくなる。飲むか飲まないか!葛藤が生まれる。
人生短いかも、飲める時に飲んでおこう~、変な理屈を付けてカンビールを開ける。
冷たくてこれが上手かった。キツネうどんも最高であった旅の疲れがとれる。
ホント私は単純である。それで良いのである。本を読んでまた眠る。
4時半に起きる。コーヒーを飲む。シャワーをとった後、何だか解らないクラシック音楽を聞きながらまた本を読む。
8時半直井が迎えにくる。田端の郷田道場で直井の特訓を始める。
気合を入れるのに竹刀を借りる。30分で竹刀がボロボロになる。
直井、汗でびっしょりである。なんか直井の汗の中にビールの匂いがする。
私もカッパを着て一緒に動いたので汗がバンバン流れる。
私の汗もなんかビールの匂いがまじっているようである。
まずい、直井がその匂いをクンクン嗅ぎ出す。
気合を入れる。稽古はまだ終わっていない。
直井は、突きも蹴りも、真剣に稽古するとどれだけ強くなるか、解らないほど素晴らしい素質を持っている。指導していて、ときどき唸ってしまうほど決まる。
このことは読者の人、門下生はホントですか?と疑問が出ると思うがホントである。
恵まれた大きな身体、太い脚、太い腕、それにあの力強い長方形の顔である。
その顔のなか、両頬に殴られても微動だにしない筋肉が付いている。
私は“進撃の巨人”と言う漫画を見た事が無いが、勝手に想像する。
「直井は深川の進撃の巨人のような気がするのだが、どうだろう永井先生?」
話がそれた、直井の特訓である。良い癖は残して悪い癖を直す。
指導して気持が良いほど、だんだんと技も動きも鋭くなってくる。
直井の顔が自然にほころんでくる。
カラテの稽古は自分でナカナカ進歩があるのかないのか解らないのだが、直井は自分の技や動きがシャープになってきているのを感じている様である。眼が光っている。
約2時間、気持良く稽古ができた。
ホテルに帰って風呂に浸かる。
直井の指導、ちょっと気合を入れ過ぎてかもしれない、ガクッと疲れが出た。
昼食は寿司、夜はホルモン焼き、やっぱり日本は最高である。

 

6月12日
今朝も直井の特訓である。昼食を極真会館の松井館長、郷田師範と約束していたので今日の直井の特訓は1時間にする。始まって2~3分でバンバン直井汗が噴き出した。
昨日は竹刀を使ったので今日は平手にした。
「頭で稽古するな、身体で稽古しろ・・・基本の技を身体に正確に溶けこますんだぁ」
直井、あの細い優しい眼をパチパチさせながら「オス、オス、・・」と繰り返していた。
直井の将来になんとなく望みが出てきた。
しかし直井の石頭を叩き過ぎたので私の掌低が腫れてしまった。

 

昼、極真会館松井館長、郷田師範と3人で寿司をつまむ。
今年の11月に極真の世界大会、なんと3日間の大会になるらしい。
それと2020年東京オリンピック、カラテをなんとか種目にいれたいと話をしていた。
カラテ界は昔から。柔道や剣道界と違ってバラバラに動いている。
カラテ界を統一するのは、私の想像を超える。
松井館長が率いる極真会館が空手協会と話し合ったと言う事は、ある意味で松井館長の器量、懐の大きさを見せてると思う。
寿司を食べながら、試合のルール、判定基準についていろいろと意見を求めてきた。
バクバク食べ、ぐいぐい飲みながらドンドン私見を話す。
松井館長はいつも私の話を真摯に聞いてくれている感じがするので気持が良い。
何故か途中から私の映画の話になった。
「最高師範凄いですね、脚本書いて、監督して、それで主演もしているんですね」
「イヤ、主演はマッケンユー、私は端役ですよ」
「デモ郷田師範より、台詞もあってなかなかサマニなってましたよう・・うん」
「ハッハッ・・・郷田師範は台詞を言わせると、田端訛りが出るので駄目です」
「館長、まだ出演料払ってくれないんだよ」と、横から郷田師範が言う。
マッケンユーの人気が出ていると寿司屋の親父が話し始める。
イケメンで女の子に人気があるらしい。
郷田師範が「なんか俺に顔が似ているらしい・・」とつぶやいた途端、思わず口に入れた、中トロが飛び出した。凄い冗談である。
松井館長の車でホテルまで送ってもらう。昼寝である。
夜は亀戸の居酒屋で郷田道場の責任者と3人で飲みながら食事。
ホテルに帰ってTVを見る。リモコンをパチパチしていたら歌の番組が出てきた。
なんと矢代亜紀、都はるみの二人のショウだった。アメリカに行く前は演歌など全く聞かなかったが、アメリカに住むようになったら演歌大好きになった。
唱歌と演歌、最高である。興奮して眠気がとんでしまった。

 

6月13日
いよいよ支部長合宿である。
朝10時石川先生とマサ先生が予定通りにドアを叩いてきた。
何時もながら正確な時間、感心する。
きけば、鈴木師範から時間の30分前に来て、時計を見ながらドアの前に立って、時間がきたらドアを叩きながら「オス、石川です」と元気よく声を出せ、と言われたらしい。
ちょっと想像した、二人の大きな男がドアの前に立っている、不気味である。
それも時計を見ながら、すれ違う人がいたらきっと何かの手入れと思うかもしれない。
昼食をまた3人で部屋で済ます。いつもながら二人とも凄い迫力である。
思わずアフリカの原野ハイエナの群に囲まれたか、とドキとした。

 

深川の直井道場、玄関で支部長達が元気な顔で並んで迎えてくれた。
皆の元気な姿を見たら自然と気合がはいった。
チョット余談になるが、カラテ界なんだか分からない流派が乱立している。
昔どうしようなかった奴を懇意な人に無理に頼まれて3年間内弟子にして仕込んだ。
朝から晩まで隙を与えず指導した。無事内弟子を終了して日本に帰した。
その懇意の人がその子を見て驚いた。こんなにも変わるとは思わなかった、と。
私の指導だけでその人間が変わった訳ではない、その人間に意欲が有ったからである。
しかし私の指導がその子のカラテ道に対する大きな契機になったと思っている。
彼はある大きなカラテの組織でそれなりに活躍をした。
だが最近何故か独立して、自分のカラテ流派を起して8段の黒帯を締めている様である。
絶句する世の中になった。これが現在のカラテ界の実情である。
支部長に何時も言っている「生徒以上に汗を流せ、気合いを入れろ!」
ワールド大山カラテは、基本技から型、組手をきちっとした教材{教典、パーフェクトカラテ}としてある。
それは先人たちの残したくれた素晴らしいカラテを真摯に研究し体得して書きあげた教材である。誇りを持って襟を正して稽古しろ。
話が横道にそれたが、昔から武道界には,守破離と言う言葉があり、この言葉の意味を私はいずれ書こうと思っている。

 

話を支部長講習に戻す。
基本の型、1~8までと教典1~4巻は密接に繋がってる。
型は基本技と組手の橋と考える。
“前に出る組手”が基本でありそこの延長線に“受ける組手、変わる組手”が有る。
技を表面的に稽古するな、身体の中に正確に溶け込ますことが稽古である。
稽古中叱咤激励し、ガンガン指導した。
稽古が始まったのが午後1時チョット過ぎである。終わったのが夕方の5時である。
約5時間、自分ながら驚いた。
稽古中いつも竹刀を使うのだが、直井の道場では竹刀が無く、変わりにバットを使っていると言う。ビックリした。
黄色のバット、最初に見た時は金属バットかと思った。
手に取ってみたらプラスチックであった。
思わず直井の頭を試験的に叩いたらパンパンと乾いた音が響いた。

 

 

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直井道場ブラックベルト

 

 

なぜか布川と戸村が嬉しい顔を見せていた。

 

 

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バットの快音を忘れないように

 

 

長い間稽古していると、自然と稽古に慣れ過ぎて悪い癖がついて仕舞う事がある。
支部長講習ではその点を注意して見る。指導している人間が注意していないと先生の悪い癖が知らぬ間に生徒にうつる。
私も含めて自分にチャレンジして素直な気持ちで基本の稽古はする事と命じる。
技や立ちに変な癖のある支部長を、バットでバンバン叩いた。
君達が持ってる悪い癖は慢心しているか、流されて稽古しているからです。
謙虚な気持ちで自分と向かい合う姿勢が大切である。
指導しながら支部長たちと自分に言い聞かした。
一見金属バットを使うと、ポンポンと小気味よい音が道場にこだまして皆のテンション気合いが、ひと際上がった。
稽古が終わった後の冷たいビール値千金である。
支部長たちと弁当を食べながら雑談をする。ワンダフルタイムである。

 

6月14日日曜日
早朝6時半、直井が迎えにくる。「オイ、いくらなんでもチョット早すぎませんか?」
直井が「鈴木師範に朝6時に迎えにいけと言われました」
ちょうど、かき揚げそばを作っていた時であった。
それとオニギリ一つが今朝の朝食である。オニギリの具は昆布である。
朝食の後は、コヒ―を飲んで音楽でも聞こうと考えていた。
全ての予定が狂った。私が蕎麦を美味しそうに食べ始めると直井の目線が何か哀願しているように見えた。「オイ、オニギリ食べるか?」しょうがなく聞くと。
いっぺんに晴れやかな目線に変わって「オス、頂きます~、ランランラン」である。
マイッタ。直井は正直である。
ホテルから深川の直井の道場に出発。日曜日の早朝、都会の喧騒が消えている。
道路も空いている。直井のホンダ快適に走っている。
ところがなぜか、直井の運転がスローである。「オイ、随分とゆっくり行くんだな、他の車にドンドン抜かれて行くな、如何したんだ!」
「オス、昔スピード出し過ぎて事故りました」
「そうーかぁ、うーんでもなぁ、お前今日中に着けよ」
「オス」と返事がきたが、その後何故か不気味な微笑を湛えていた。
よく見ると、直井のスタイル、いつも同じ白いワイシャツ、黒のジーパン。
「オイ、お前いつも同じスタイルでカミサンに怒られないか?」
「オス、妻は{直井はワイフを妻と呼ぶ、なんか江戸時代に戻った様な錯覚に陥る}なにも言いません。自分は同じワイシャツを10枚、ズボンも同じぐらいあります。毎日着替えますがスタイルは同じです。その方が簡単です、オス」自信満々の顔である。
ジーと、その逞しい直井の顔を見ながら思わず「マイリマシタ」と出てしまった。
私の知っている殆どのカラテ家はあまり自分の格好、スタイルに気を使わない様である。もちろん私も平気で同じシャツを2~3日着て家人に怒られる。
でも同じシャツを10枚は持っていない。さすが深川の進撃の巨人である。桁が違う。

 

道場に着くと、まだパジャマの奴がいた。
「オイ、バットバット持ってこい、人を6時に迎えにこさしといて、未だパジャマ姿、冗談じゃないよ、稽古稽古だぁ気合」ポンポン頭を叩く。
今朝は基本の技をいかに深く稽古するかを課題にして指導する。
前蹴りを先ず正確にゆっくりと蹴る。足の運びを入れ前後左右に動きながら蹴る。
上体のリード、両腕の動きを加える。深く正確にその技を追いかける。
自然とその技が自分に語りかけてくるまで練る。良い汗をかいた。
無事支部長合宿が昼に終わる。秋の全日本選手権での再会を約して別れる。

 

ファミリータイム、ちょうど私の甥の隆一が迎えにくる。
隆一は、今ハワイで住んでいる私の兄、博の息子で長男である。
銀行CITYBANKに勤めている。甥子と言っても還暦に近い歳である。
もう一人博兄の次男、努も顔を見せた。努はプロゴルファーである。
隆一のワイフの順姫がテーブルに溢れるように御馳走を作ってくれた。
娘の瑛美も参加して、楽しく飲んで食べる。

 

 

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話の最中にハワイの博兄貴に電話をする。
「兄貴、帰りにハワイに寄るからな」と言う。博兄が「新米、コシヒカリ、新米、持ってこい」やっぱり、そう来たか! みんなで爆笑である。家族は良いものである。
再会を約して隆一に車で送ってもらう。
千葉県の市川から西池袋のホテルまで40分ぐらいできた。
風呂にでも入って休もうと思ったら、マサと漫画家のリョウが、西行と言うオジサンを連れて晩飯おごれと部屋にくる。
疲れているのでホテルの隣のラーメン屋に行く。
小さい店なので満席だった。隅の円卓に若い女性が二人食事をしていた。
椅子が3つ開いていた。思い切って「すみません、相席お願いできますか?」と聞くと。笑顔で「どうぞ」と返事。私が聞いて良かった。
もしマサや西行さんだったら、間違いなく断られていた。
3人とも遠慮しないでバンバン注文して、ガツガツ食べ始める。
もちろんビールもグイグイ飲んでいる。そこまでは良かった、が途中で西行オジサン同席の若い二人の女性に「飲みますかー、どうぞ、食べてくださいー」
「オイ、オイ誰が払うんだよ、オジサン・・・」と出かかったが堪えた。
このオジサンさらにエスカレートして、二人の女性に我々の事を「ねぇ~ねぇ~お嬢さん、この人達なにやっている{職業とは言わなかった}人に見えますか?」と聞く。
「大きなお世話だ、オイ」と思ったがマサのだいじなお友達、我慢した。
二人の女の子お互いに顔を見合わせて、マサを指さして「プロレスラー」4人で爆笑である。思わず「当たり、凄い眼力ですね~、さぁ~さぁ~ドンドン飲んでください、マサ先生、プロレスラーいいですねー」いっぺんに楽しくなった。

 

 

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支部長合宿、プロレスラー、ホント楽しかった。

 

オス

コメント (1) | 2015/07/04

エッセイ

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“2015年支部長合宿、プロレスラー発見。”へのコメント (1)

  1. 最高師範、お疲れ様でした。大山空手の基本の型と連携した空手教典やパーフェクト空手の内容を、基本の型を分解したり、約束組手で楽しく稽古することができました。観空、五十四歩をはじめ、今回習ったトンファー基本その一「構え」などの型は、がんばって稽古していきます。いい汗を流しました。ありがとうございました。押忍

    from Sensei F(2015/07/08)

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