シャワーを取って、着替える。ベッドに座って溜息をつく。両脚が自分の脚でないように感じた。
「ドン、ドン」とドアが鳴った。
「マサ。飯だ、出発。行くぞ」
「オス」
内弟子の寮には2台の車があった。
1台はシボレーの赤いピックアップ・トラック。もう1台はホンダの黒のシビック。
森先生がトラックの運転席にいた。助手席には秀先輩が座っていた。
荷台に鉄、輝先輩が足を投げ出して座っていた。
一瞬、何処に座るか迷ったが、鉄先輩が「ホレ、早く乗れ」と荷台に手招いた。
ガタン、と音を立ててトラックは出発した。
2人の先輩は運転席に背を向けて座っている。片方の手で、荷台の横をつかんでいた。
僕は横に座っていたため、トラックが止まったり、走ったりする度に僕の身体が揺れた。その揺れをみていた2人の先輩が「クスクス、ケケケ」と笑った。
秀先輩が、窓越しに「マサ気分はどうだ?」と聞いてきた。
「オス、大丈夫です」と答える。
輝先輩が「腹が減ってもー死にそうだよ、……マサお前の身体ふらふらしているぞ ……なんか風に飛ばされそうだゾ」鉄先輩が又カッカッと笑う。
何か、僕は自分が馬鹿にされているようで、両手でトラックの荷台を強く握った。
信号で止まると、後ろについている車や、両横の車から、物珍しいような視線を感じた。
一度隣に止まったヴォルボのステーションワゴンから女の子が身体を乗り出して僕を指差して何か喋っていた。2人の先輩は笑いながら
「アラバマはアメリカの田舎だから日本人が珍しいんだよ」
「最初のちだけだよ、すぐに慣れるよ」と鉄先輩が説明してくれる。
丁度その時、パトカーが隣に止まった。
「オッ、マサつけられているぞ」また輝先輩がからかう。
何か顔が熱くなってしまい、本当に不法入国で逃亡しているように思われるのではないかと動揺してしまった。
2人の先輩は、そんな僕の気持ちの揺れを見逃さず、楽しんでいるようだった。
「ショーニーズ」というレストランに着いた。
明るい、広いレストランだった。エントランスで若い高校生ぐらいの女の子が、微笑をたたえながら、「ハウメニー?」と聞いてくる。
森先生が「ファイヴ」と答える。
「ディス・ウェイ・プリーズ」と先に立って案内する。
森先生の後を秀先輩と輝先輩が「オッ可愛いな!」と言いながら、女の子の真似をして後に付いて行く。
中央にバッフェの台が並んでいた。
スクランブルエッグや、ハム、ベーコン、ハッシュブラウン等が山盛りになって置いてある。先輩達が「オイショー」と小さく気合をかける。
朝のバッフェは4ドル50セントである。
僕は身体が重たく、疲れて腹は減っていなかった。できればベッドで横になりたかった。
大きな円いテーブルに着いた。森先生がウェイトレスに
「ウイ ゴノ タイク バッフェ」
と言う。ウェイトレスはニコッと笑って、持ってきたメニューを抱えるようにして離れていった。「オシッ」と軽く掛け声を出し、席を立つ秀先輩が「ホレ、ついて来い」と言った。
それから森先生達は、ビデオテープの早送りのように、タッタッタッと動き出した。僕は食欲なんて、まったく無かったが、食べないと怒られそうなので、無理をして皿に少しスクランブルエッグとトーストを乗せた。
後はジョッキのような大きなコップに、オレンジジュースを入れて席に着く。
先生達は僕の皿を見て「何だ、お前。それだけか?」と呆れた顔を見せた。先生達は自分の前に大きな皿を2つずつ置く。
スクランブルエッグも、ハムもベーコン、パンケーキもこぼれ落ちるのではないかと思うほど山盛りだ。もう一方の皿には生野菜、スイカ、メロン、オレンジが窮屈そうに詰め込まれ、皿から果汁が溢れていた。
物凄い気合で食べ始めた。唸りながらである。圧倒された。周りを見るとウェイトレスだけでなく、他の客も見ないようにしてチラチラと見ていた。
僕は「食べなきゃいけない」と自分に言い聞かせ、椅子に座り直した時、突然右足が激しく痙攣した。
同時に背中がつり椅子から転げ落ちた。右足から腰に激痛が走る。胸が詰まるように息ができず「アー、アー」と唸り声を洩らした。
森先生が「オー、脚がつったんだな」と言った。右足が鉄棒のように硬くなってしまった。
マネージャーみたいな人が何事かと走ってくる。先生が笑いながら「しょうがねえなぁ」と言って上から僕を覗き込む。
マネージャーに「イッツ、OK」と言いながら周りのテーブルと椅子をどかし始めた。
先生に抱き起こされたが、体中の筋肉が僕の意思とは関係なくのたうち回りだし、動く度に眼から火が飛び出すような激痛が襲って来る。
痛さのため我慢できず叫んでしまう。
先生はニコニコして「ホレホレ……」と言いながら、外のパーキング場の細い芝生に僕を連れ出してくれた。
鉄先輩と2人で足首を曲げたり、伸ばしたり、ふくらはぎを掌で押し揉んでくれた。
動かされる度に激痛が走り「アイアイヤー、ウーウー」とか、わけのわからない唸り声が出てしまう。それでも少しずつ足の感覚が戻ってきた。
マネージャーが心配な顔で見ていた。
後で秀先輩が、アメリカでは訴訟が多く、椅子や床の欠陥で怪我をした場合は大変な問題になる、と言っていた。
先生が「秀、先に食べろ。食べ終わった奴がマサを見ろ」
と言って僕を立たせ「歩け。ちょっと痛くても歩くんだ。筋肉が柔らかくなるから」
僕の左腕を先生の肩にかけ、支えながら一緒に歩いてくれた。
マネージャーが心配顔で見守っている。痛さのためか、汗が額から噴出していた。
それでも我慢して歩くと、正常な感覚が少し戻ってきた。鉄先輩が口を拭きながら出てきて、先生と代わる。
先生がマネージャーと何か話をし、笑いながらマネージャーの肩を叩いた。慰めているように見えた。歩かされたり、揉んでもらったりしていると皆出てきた。
人の苦しさなど、まったく関係ないないという顔である。秀先輩が
「オイ、マサ。ご馳走様でした。キミのおかげで、朝飯が無料だった」
「オー、やった」と鉄先輩が叫ぶ。
先生がマネージャーから「今日はただでいいから、問題を起こさないでくれ」と哀願されたとの事であった。秀先輩が「マサ、また頼むよ」と冗談を言う。
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