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国際大山空手道連盟 WORLD OYAMA KARATE ORGANIZATION

第4話 おんぼろ道場、入門

茂兄に説得された次の日かそれとも2〜3日後か分りませが、とにかく道場のある池袋に行きました。
ちょっと不安な気持ちがありましたが兄貴の「ワッショイ、ワッショイ・・」と持上げる言葉にすっかり乗ってしまい入門する前に既に黒帯のような気持ちになってしまいました。
道場には赤鬼や黒鬼、閻魔大王みたいな連中がごろごろいるのも知らず胸を張ってイキがって、歩いていったのです

 


当時、昭和32〜33年頃の池袋西口は現在のように高層ビルが建ち並んでるのではなく、まだ戦後の傷跡が残るバラックのマーケットが駅前から今の丸井ビル近くまで続いていました。

 

太陽のない街でした。

 

そんな世界は私の想像外で、一歩マーケットの中に入ったとき急に不安になりました。
薄暗い路地が縦横に延びておりその先は得体の知れない怪物が待っているような感じです。
そこに住んでる人達は、畳み一枚や二枚の部屋で生活をしているようでした。

 

マーケットの中にはいろいろな店が出ていました。
蕎麦屋、食堂、駄菓子屋、吊るされた電球が明るい場所にはなんと宝石店がありました。
質屋の回りは何となく暗い感じがしました。店の中にいる人たちの表面は笑顔なのですが、よく見ると眼の中は笑っていませでした。何かこちらの反応を窺っているような目線です。
不思議な世界でした、何でも間に合う、そろうマーケットのような気がしました。
路地の角々に一見してアウトロー的な兄さんがセッタ履きでニラミを利かしていました。

 

茂兄は迷わずドンドン歩いていきました。
勿論私はチラチラと周りを見ながら茂兄についていきました。
強面のオニイサン連中とは目線を合わせずに、まるで何も知らないあどけない少年の顔つきで歩きました。
しばらくしてマーケットを抜けて夜空を見たときはホットしました。

 

 

 

道場は立教大学裏のアパート群の中にありました。
正直に言いますと、まさにボロアパートでした。
3つか4つのアパートの棟の中の一つでしたが、ちょっと強い風が吹いたら一発で倒れるような建物です。
道場はそんなボロアパートの中、一番最後の部屋でした。

 

「キシ、キシ」という音を立てながら狭い廊下を歩き、といってもほんの5〜6歩です。
押したらそのまま倒れてしまいそうなドアーをガタコト音を立てながら開けました。
道場は板の間で以前はバレースタジオだったようです。
4〜5人の空手着をきた人が準備体操か、基本稽古か何かをこなしていました。

 

入ってすぐ左に小さなデスクがあり背中の大きなオジサンが頭に手ぬぐいを縛って、何か書き物をしていました。
兄貴が「オス」と言うと、ゆっくりと山のような背中を回し、振り返りました。
一瞬睨みつけるような怖い視線でしたが、すぐに柔和な視線になり「ウーム」と何か頷きながら立ち上がりました。
私の眼の前に来て、「ソウ—カ、大きくなったぁー」と言って、「カァ、カァ カァ・・・」と笑いました。

 

眼の前のオジサンの厚い胸、おおきな肩幅、に圧倒されてしまいました。
とにかく今まで見たことも聞いたこともないオジサンでした。
自分で言葉を投げて、自分で返事をしていました。

 

このオジサンがマス大山先生でした、マス大山のタイトルも組織が大きくなるとやがて館長になり、総裁になりました。
母親の話だと、私が赤ん坊の頃、良く私の子守をしたそうです。
母親が買い物に出るときは何時も誰か付き人がいました。
先生はよく私と母親のボデイガードをしたようです。

 

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母と私、無邪気で可愛いときがあったようです

 

 

ここでちょっと話を脱線します。

 

実はマス大山総裁が私の子守や母親の付き人をしてくれた思い出でどうしても忘れられない出来事がありました。
何時か何かの機会に書こうと思っていた出来事です。

 

私が4〜5歳のときでした。
丁度春、桜が満開の時期でした。
マス大山が関係していたある団体のお花見旅行に私と母が参加したのです。
マス大山が付き人兼ボデイガードとして私と母の世話をしてくれました。
何処に花見に行ったのか正確には覚えていませんが、「鳩ノ巣{字は正確かどうかわかりません}」という所だったと思います。
私の記憶には、桜が綺麗に咲いていたとか、花見に沢山の人が出ていたとか全く覚えていません。
確り覚えているのはバスでお花見に行ったことです。

 

出来るだけ詳しく話そうとこの出来事を兄達に聞いてみました。
マス大山が関係していた団体がバスを貸し切ってのお花見旅行でした。
ところが、花見の最中にバスの運転手にも酒をガンガン飲ましてしまったようです。
運転手が酒好きだったのか、参加した呑み助達が無理に飲ましてしまったのか分りませんが運転手サン出来上ってしまったのです。
酔っ払ってしまったのです。

 

今だったら信じられないことです。
昔は全く皆いい加減で無責任だったのです。
私が覚えているのは帰り道の出来事です。
帰りのバスの中は宴会が盛り上がっていました。
なんだか知らない歌を皆で声を張り上げて唄っていました。
きっと運転手さんも調子よく首を振りながら唄っていたと思います。

 

私と母、マス大山総裁が丁度バスの真中ぐらいのところに立っていたのです。
バスが細い崖っぷちを走っていました。
子供心にも外の景色を見ながら怖がっていました。

 

子供の勘が当たって、なんとバスが崖から落ちてしまったのです。
下は渓流になっており大きな石がごろごろありました。
2〜30メートルぐらい下でした。
もしもバスが下まで落ちたらワルード大山空手も極真会館もなかったかも知れません。

 

ところが途中に松ノ木が一本生えていたのです。
何か話が上手く出来過ぎているようですが、本当にあった話です。
「事実は小説より奇なり・・」なのです。
バスがその松ノ木に引っかかったのです。

 

当時若かった総裁は結構お洒落だったそうです。
その時流行のトレンチコートを着ていたのです。
バスが転落したとき総裁がそのコートで私と母を包んで胸の中に庇ったのです。
バスが松ノ木に止まったときバスの中は阿鼻叫喚でした。
窓ガラスが割れてその破片で周りの人は血だらけでした。
ところが私も母も総裁もかすり傷一つありませんでした。
奇跡です。

 

松ノ木に辛うじて引っかかっているバスは不安定に揺れていました。
血だらけで泣き叫ぶ人達を総裁が
「動くな!動いたらバスが下に落ちる!動くな!・・」
一喝しました。

 

もしバランスが崩れたらバスは下まで落ちてしまったのです。
総裁がドアーを蹴り破ったのか突き破ったのか分りませんが、ドアーを開け、怪我をしている人よりもさきに、先ず私と母親を外に出しました。
わたし達は無傷でした。そろりそろりと草やブシュを掴みながら道に這い上がりました。

 

その後の私の記憶は回りに血だらけの人達が助けを求めている姿でした。
そのころ日本の警察にはクレーン車が無い為、進駐軍{昔はアメリカ軍のことをソウ呼んでいました}が来てバスを持上げました。
私は母にしがみつて震えていたそうです。
私も母も総裁も怪我は全くありませんでした。

 

ところが家に帰ると、マス大山総裁の先生であった“ソウ ナイ チュウ”という人と親父がきつく総裁にお説教をしたようです。
母親も親父にぶっ飛ばされたようです。
これは兄たちの話です。
私はしばらくバスに乗れなかったようです。

 

この出来事はマス大山総裁が私の結婚式のときにも話していました。
その話があんまり長かったので私のワイフが貧血を起してしまいました。
マス大山とはいろいろな思い出がありますが不思議な縁と思っています。
ちょっと話が長くなってしまいました。

 

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マス大山総裁。長い、ナガーイ スピーチでした。感謝です。

 

 

話を入門に戻します。

 

マス大山先生が太い右手を出し私の手を握り、その後その手を顎のところに持っていき、いきなり殴るスタイルになりました。

 

顔のアクションを入れながら
「ウーン・・・一発で、兄貴をノバスまで稽古してみろ!」
と言い、その一発のところをパワフルなアクセントをつけました。

 

大きな身体といい、仕草といい何か人間離れして、怪物のように思いました。
私は目をパチクリ、パチクリして何がなんだか全く分かりませんでした。
ただ、何でも言われた事は素直にやらないと大変なことになる。
本当に「ヤバイ」大変な所に来てしまったと思いました。
恐いと言う気持ちを通りこして本能的に自分の身を守るためには如何すれば良いか、ピーンときました。

 

稽古第一日、初稽古は何故か空手着ではなく柔道着でした。
道着に着替えるのも道場の端の角に針金に大きい風呂敷みたいなペラペラの布を取り付けた人間が一人しか入れない場所でした。
順番に一人ずつ着替えるのです。
確か女性も2人ぐらいいたように思います。
私は道着に着替えて道場の端で何をして良いのか迷いながら軽く身体を動かしていました。

 

ところどころガラスが割れている窓から外に視線を向けました。
そこには同じような、ボロアパートの壁があるだけでした。
茂兄に助けを求める様に視線を投げるのですが、何故か無視です。
人の気持ちも知らないで兄は他の帯の人たちと談笑していました。

 

そんな中に一人、兄より背が高くボウズ頭で顔中にニキビがある物凄い強面の奴が時々私を見ながら鼻で笑っていました。
同じ悪ガキでもレベルが全く違う感じです。
圧倒されました。

 

ここ道場に来たことが取り返しのつかない失敗であったと思いました。
もう逃げられません。
完全に檻の中に閉じ込められてしまいました。
檻の中には本当に赤鬼、青鬼、そして閻魔大王が「ワォーワォー・・・」と叫びながら涎をたらしているようでした。

 

「困った、ヤバイ・・」

 

兄の策略に完全に嵌ってしまいました。

コメント (0) | 2009/04/16

ワンダフル空手

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