僕の名前は石川一馬、中学2年生である。
数学や理科は得意な科目だが体育が苦手である。
僕の隣の席は生憎、自称万能選手の小島のバカが座っている。
昼休み前に数学のテストがあった。
隣の小島が肘で「見せろ見せろ」とカンニングの催促をしてくる。
見せないと後で何されるか分からないのでそっと答案用紙を斜めにして見せる。
小島は普通の科目の時は静かにしているが、体育の時間になると俄然元気になる。
元気なるだけなら良いのだが、威張りだす。すぐ腕力を見せつける。
今日の5時間目体躯の時間バスケットの試合をやらされた。
小島が格好つけて一人で張り切っている。小島のテ―ムと僕らのテ―ムが対戦した。
僕のテ―ムには畠山久美子さんがいた。
畠山さんは細面の顔に大きな黒眼がキラキラしている綺麗な女の子である。
クラス中の男子生徒の憧れの人だぁ。勿論僕も秘かに憧れている。
彼女は綺麗だけでなく勉強が良くできた。クラスの成績順位を僕と争っている。
その畠山さんが同じテ―ムになったので嬉しかった。
畠山さんを意識すると、なんか元気が出てきた。
試合が始まった。小島がドリブルをして僕の前に来た。
僕がガードをする。小島が睨む。首を左右に振りながらフェントをかけてきた。
知らないうちに僕の右手が小島の鼻の頭にぶつかった。
故意でやったのではなく、アクシデントであった。
小島がボールを落として、「イテイテ・・」と言って鼻を押さえる。
鼻血が出てきた。
小島が「この野郎―」と叫んで僕に殴りかかってきた。
アッと思って両腕で顔面をカバーする。小島の右のパンチが僕の左腕にガシとくる。
襲撃で僕は尻もちを着いてしまった。
その時、僕のテ―ムになっていた畠山さんが、「小島君やめなさいよ、アクシデントじゃない、そんなに怒る事ないでしょ」と言って割り込んで来た。
小島が「なんだぁテメ―」と言って、左手で畠山さんの肩を、押そうとした。
畠山さんが小島のその左手を右手で払いながら小島の左側にスーと身体を変えた、
その瞬間畠山さんの左足がビューと音を立てながら小島の顔面に飛んで、
膝から先が鞭のような鋭いスナップが一瞬見えた。
「ガシ」となんか鈍い音がした。
「アッ」と皆が思ったとき、小島が両膝を折るようガックとコートに崩れた。
畠山さんが素早く小島の頭をコートにぶつかる前に受け止めた。
僕はドキとした。みんな唖然として畠山さんを見ていた。
映画のシーンを見ているような錯覚がした。
格好いいなんてもんじゃなく、天使、女神みたいに輝いていた。
凄く綺麗だった。
僕はその時から畠山に恋をしてしまった。
放課後畠山さんに思い切って「ありがとう」と言うと、畠山さんが綺麗な微笑を見せながら「石川君何かスポーツやっているの」と話しかけてきた。
僕はドキドキしながら「何にもやってない」と返事をする。
畠山さんが、「そうー」と言ってなんか淋しそうな顔を見せた。
僕は思い切って「畠山さんはなにか武道をやっているの?」と聞くと、畠山さんちょっとはにかんだ笑みを見せて、「カラテの稽古をしているの」と答えてきた。
僕はビックリして「カラテですか?」と聞いた。
「そう小学生の4年生の時から稽古していのよ、石川君もやったらいいのに・・・」
僕が「カラテの道場に通っているの?」
「そう、週3回稽古しているの、明日稽古日なの、見に来ない?」
「エッ、マジで、行きます。場所教えてください」
僕はその晩眠れなかった。
畠山さんがカラテの稽古をしているなんて想像できなかったから、それに、憧れの畠山さんに誘われるなんて思ってもみなかったから、何故か興奮して眠りが来なかった。
畠山さんの通っている道場は、西区の商店街の中にあった。
今はどこも商店街は不景気で半分以上が空き家になっている所が多い。
そんな静かな商店街の中を歩いていくと、何か異様な唸り声というか、野獣の叫びのような声が聞こえてきた。
静かな商店街の中のその一角だけが熱気が溢れて出てくるような気がした。
思わず僕の足が止まってしまった。ちょっと迷ったが畠山さんの笑顔が浮かんで来た。
なんか怖かったが頑張って、道場に入って行った。
「失礼します、あのー、見学したいんですけで?」と言うと。
色の黒いオジサンが「オッ、見学か?入れ入れ~」と僕の肩を掴んで中に入れてくれた。
出口の側に座って中を見ると13~4の人が激しく動いていた。
すぐ畠山さんと眼が合った。畠山さんが微笑を返してくれたので嬉しかった。
畠山さんの微笑が僕の胸の中にジワーと何か温かい空気を入れてくれたように感じた。
驚いた事に畠山さんは黒帯を締めていた。色の黒いオジサンも黒帯を締めていた。
その帯に金色線が5本入っていた。きっとこの道場の師範なんだと思った。
そのオジサンが号令をかけると皆「オス、オス」と大きな声で答えていた。
畠山さんも「オス」と気合を入れて返事をしていた。
僕は皆の熱気と気合に圧倒されたが、なんとなくその熱気が僕の身体に染み込んで来るように感じた。
正座黙想で稽古が終わった。
畠山さんが僕を色の黒いオジサンいや、その人が道場主の鈴木師範だった。
「そうか、百合子{畠山さんの名前}と同じクラスなのか、明日から稽古に来い」
僕は思わず「ハイ」と答えてしまった。畠山さんは流れる汗をタオルで拭きながら僕に握手をしてきた。
ドキとしたが僕は嬉しかった。女の子と始めて握手した。
しばらく洗うのをよそうと思ったしまった。
その晩、お父さんが10半ごろ帰ってきた。
お父さんに「オレ空手の稽古したいんだ」と言うと。
「なにー空手の稽古、一馬、お前大丈夫か?どうしたんだぁ、誰かに喧嘩でも売られたのか?」
「イヤ、チョット身体を鍛へたいんだぁ」
「フーン、それはいいことだ、どこの流派だぁ、その空手の道場は?」
「国際大山空手道、と言うらしんだ」
「なんか聞いたような気がするナ、いい事だ、どんどんやれ」と返事をもらう。
よかった両親が賛成してくれたので安心した。ベットに入って眼を閉じる。
なんとか寝ようとするのだが、畠山さんのきびきびした動き、蹴りや突き、綺麗な顔に流れる汗、身体が触れるぐらい近く来て、握手をしてくれた事が頭の中で動き出し、寝むけが来ない。
これが初恋なのかもしれないと、思ってしまった。
入門したその日は畠山さんは稽古に来なかった。
稽古は白帯のグループと色帯のグループに分けて始まった。
正拳突き、裏拳、顎打ち、蹴りは膝蹴り、前蹴り、回し蹴りを習ったが突き技はなんとかなるような気がしたが蹴り技が難しく感じた。
次の日、身体中が筋肉痛で一日中大変だった。
2週間過ぎるころから身体が稽古に慣れたのか筋肉痛が消えていったように感じた。
3週目に入り、その日の稽古で白帯は僕だけだった。
ちょっと怖い顔の鈴木師範が畠山さんに型、基本その一を教えろと指示する。
自然に身体の中から喜びがジワーとひろがってくる。なんとなく畠山さんの顔や突きや蹴りに魅入ってしまい、集中できなかった。
突然、鈴木師範が「オイ石川」と僕を呼んだ、思わずハイ」と返事をしてしまった。
「オイ、返事はオスだよ、オス」
「ハイ、アッ、オス、スミマセン」
鈴木師範が僕の目の前に来て「オイ、お前久美子の顔ばかりボーと見ているだけで突きや蹴りに、力が入っていないよ、ドウシタノ、すぐ分かるんだよ・・・」
畠山さんの顔がチョット赤くなった。
僕の顔は真っ赤になってしまった。モジモジしていて返事が出てこなかった。
鈴木師範が「若い人はいいね~、ちょっと気合を入れろ、久美子分かったか!」
畠山さんが「オス」と気合いの入った返事をする。
他の道場生からから「オイショー、オレー」などと気合が来た。
僕は汗がどんどん出てしまった。
でも畠山さんもなんか僕を意識している様な感じがして、嬉しかった。
ホントこれが初恋なのかもしれない。空手バンザイ!
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