まさかこの年でカラテの稽古、武道の世界に入るとは思ってもいなかった。
息子の太郎を空手の道場に通わせているうちに、なんとなく興味が出てきてしまったのである。
稽古を見ていると私と大体同じ年頃の女性が突いたり蹴ったりしている。
あの位だったら私も充分出来る。そう思うとなぜか私の血も騒ぎ出して仕舞った。
うちの亭主になんて言おうか迷ったが思い切ってある晩胸の内を明かした。
亭主の顔がビックリして「お前どうしたんだぁ、まさか今流行りの殴る蹴るのケージファイトでもする気じゃないだろうな?」
私も思わず「オホホ~ホ」と笑い出してしまった。
「お前、なにか俺に不満でもあるのか?」
「勿論不満は沢山あるは・・・ウフフ冗談よ{本当はあるのだが}・・・」
「エッ、なんだぁ、お前!?・・オレ疲れてんだよ~驚かすなよ・・・」
・・・うちの亭主は仕事が大変なのか年々身体が細くなって行くように見える。
栄養のあるものを考えて食事をさせているのだが、あまり効果がない。
そんな、うちの亭主とは逆に、私はなぜか身体が横に前に出てなんとなく鏡を見るのやヘルスメーターに乗るのが嫌になってきた。
中年と言うか、子供達にオバサンと言われる歳になって、このまま何もしないと身体がドンドン丸くなって仕舞うのではないかと最近マジに考えるようになった。
・・・そんな訳でうちの亭主に相談してみようと思ったのである。
余り亭主を驚かすのも可哀そうなので「・・・ちょっと太り気味だし、エクスサイズしないと身体がなまる様な気がして」
「お前ジムに通っているんじゃないのか?」
「ジムにいくとなんか同じことばかりやっているし、みんな集まるとすぐ井戸端会議になって人の悪口や変な噂話して終わってしまうの」
亭主が「そうか~、いいんじゃないの、太郎はどれぐらい通っているんだ」
「今週で5カ月ちょっと、いま黄色帯6級」
「じゃー試合したら負けちゃうな、太郎に負けない様に頑張れよ」
・・・と言う訳で晴れて亭主の承諾を得て入門した。
昔から運動神経は悪くなくむしろ普通より良い方だと自負していた。
何時も息子の稽古を見ながら思っていたのだが、突きも蹴りも動きもそれほど難しいとは思ってもいなかった。
ところが、である最初の稽古で、思うことと実際にやる事では、ウン、デンの差がある事を知らされた。先生の号令に右も左もなんか自分の身体がどうなっているのか分からなくなってしまった。なぜか舞い上がってしまったのである。
「右足前三戦立ち」と先生が号令をかける。
私も含めて生徒が「右足前三戦立ち」と答える。
先生が「構えて!」「オ~スとかオイシャーとかエ―イ」とか言ってみんな構える。
先生が「花子さん、右足前です」{ちょっと言い忘れたが私の名前は花子です}
「ハイ」と答える。自分では右足前だと思っていたのだが、左足であった。
先生が花子さん返事は「オスです」「ハイ・・じゃなくてオチ」と小さい声で答える。顔が赤くなっているのが自分でも分かる。恥ずかしくて困って仕舞う。
こんなはずじゃ~なかったのに。どうなっているの。
先生が「花子さんオチではなくオスです」私がまた「オチ」と答える。
「“スー”です“チ”ではないです。チは声が口の中に入って仕舞うんです。良いですか気を外に向けるんです。花子さんの気合いを外に爆発させるんです。」
「はぁ~!?」先生そんな事言っても私恥ずかしくって気合いを爆発させる事なんかまだ出来ません。と目線で哀願するように訴える。
先生が私のそんな目線を受け止めて「フーンまぁ~オチでも良いか・・・」なんか先生が諦めた様である。
「正拳中段突き」皆また正拳中段突きと唱和する。
「イチ、ニイ、・・・」とゆっくり号令がかかる。
突然先生が吠えるように「気合い入れて~」と叫ぶ。
みんな「オゥ~ス」と答える。私は口の中で「オチ」声にならない気合いを入れる。
「オイショ、オイショ、オリャ、オリャ、エイヤ、エイヤー・・」と調子を合して突いているのだが良く聞くと皆ちょっと違った気合を出していた。
何とか皆について行こうと頑張るのだがいまいち、気合いが出ない。
先生が側に来て「花子さん、気合、気合、もっと気合を入れて」と号令と指示を上手くアレンジして皆の動きを止める事もなくアドバイスをしてくれた。
なかなかやる先生だ。
「裏拳顔面打ち」と又叫ぶ。なんで皆こんなに叫ぶのか頭がオカシクなってくる。
「花子さん空手の道場はつぶやく様な気合はいけません。身体全体から吠えるように気合いを入れてください、吠えるんです」「ハイ」と返事をしてしまった。
先生が「オスですオス、オス、オスです」「オチ」とまたつぶやいて仕舞う。
先生また気合ですか、そんな、吠えろと言われても、私は女性ですヨ、男の人の様に大声を出せる訳がないじゃないですか~と心の中で反論する。ところが先生私のそんな心の内を見透かして仕舞ったのか「花子さん、女性だからと言って気合いが出せないなんて思ってはいけませんよ」
「はぁ~、オチ」・・ウン読まれたのか~と、また顔が赤くなって仕舞った。
「花子さん気合を入れないと自分の殻を破れないのです。動きや技の中に自分が溶け込めないのです。出す突き、蹴りの中に自分全部を入れないといけないのです。ちょっと難し過ぎますか?」なんとなく先生の話が分かるような気がするが、やっぱりちょっと難しい。
「花子さん気合を入れて身体と精神をリフレシュするんです」「オチ」
「稽古に慣れてくると分かってきます。頑張ってください」「オチ」
前蹴りからから回し蹴りの稽古に入る。
今度は相手と向かい合いアームガードに実際に蹴る。
先生が「蹴りは上体のリードで蹴る。上体、肩腕の使い方によって蹴りにパワーとスピードが出る、分かったかぁ!」皆が「オイシャー」と返事をする。
なんだか分からないが私も頑張って「オチ」と声を出した。
蹴りの稽古が一段落した時、今度はストレッチに入った。
声を出さなくても良いので安心して股をひらいた。
正直に言って痛かったが、でも顔に出さないで頑張った。
ストレッチが終わったら今度は腹筋になった。
両腕を頭の後ろで組んで頭をいくらか上げ、両足もマットから上げる。
これがキツクてみんな悲鳴のような気合をあげていた。
先生が皆のお腹を踏み出した。まさか冗談でしょうと思ったが、皆また「オイショー、アイヤー」など気合を入れて我慢していた。
女性のお腹には乗ってこないと思ったがなんと片足で踏み込んで来た。
焦って仕舞った。
「先生、嫌ですなんて」言ったらどうなるのだろうか、回し蹴りでももらって仕舞うのか・・お昼に食べた餃子がまだ胃の中にあるかも知れない、・・でも、もう遅い。
本当にあわてた。とうと、先生が私の隣の生徒の腹に乗った。
次は私の番、先生が「花子さん乗りますよ~」
「オチ」と気合を入れる。先生の右足が私のお腹を踏みつける。
「ウグ」お腹に力を入れる。その時ナント、ナントお尻から「プス~ポン」と変な音がもれて仕舞った。屁が漏れたのである。
穴があったら入りたい。顔が真っ赤になるのが自分でも分かった。
先生が「オゥー、グット気合」と誤魔化してくれた。急に汗が溢れてきて仕舞った。
その後は何を稽古したのか分からなくなった。
稽古が終わった後皆の顔が見られなかったが、みんなが自然に声をかけてきてくれた。
先生が「花子さん悪くなかったですよ」と優しく言ってくれた。
恥ずかしかったけれどなんとなく新しい世界を垣間見たエキサイトな気分が身体に残った。
本当に見ると実際にやるとではまったく違う世界であると思った。
外から見ているときは身体を動かさなくていいしプレシャーはなく良い悪いがなんとなく見える。
実際、突いて蹴る・・身体と気持がバラバラになって仕舞う。
自分の体なのに上手くコントロールできない。
想像もしてなかった経験である。
毎日の平凡な生活の中に、なにか新しい世界を発見したようで嬉しかった。
「オイショー」と大きく気合が出るように頑張ろう。
« 第四話 僕のマドンナはブラックベルト(黒帯) | 道場物語第6話 相手も同じ人間だぁ! »
すべての項目に入力してください。
大山泰彦師範、大変申し訳ありません。今回の師範のブログの内容とは全く違う話しなのですが、自分は第1回世界大会の頃、池袋総本部に通っていました。 その頃のお話しをもっとお聞きしたいのです。 例えば、大山総裁はいつも東谷巧先輩を、たくみ、たくみ、と言って、ずいぶん可愛がっていました。また、泰彦師範のテレビ解説も話しが上手でしたし、三浦師範のケンカファイトやウィリー対猪木の事など、お聞きしたいことは、たくさんあります。 極真の魅力は極真会館の強さを一番、体現してくださった、大山茂師範と泰彦師範のおかげだと思っています。 今でも極真の強さを、自分は、一番だと思っています。
from 佐藤勝弘(2015/06/13)